鞆の浦歴史民俗資料館

鞆の浦の町並みを散策した後は、鞆城址の小高い丘の上にある鞆の浦歴史民俗資料館を見学します。

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鞆の浦歴史民俗資料館では、ちょうど季節柄、雛人形展示の企画を開催していて、江戸時代の雛人形などがを見ることができました。
他には鞆の浦の歴史に関連する、朝鮮通信使遺跡、備後安国寺、鞆七卿落遺跡の資料や無形民俗文化の「お弓神事」や「お手火まつり」の説明・展示がありました。

そして、ある意味、鞆の浦歴史民俗資料館の一番の見どころでは、鞆の浦歴史民俗資料館前の広場からの眺めです。ここでは鞆の浦港から遠く四国の山々までを見渡すことができます。この景色だけでも150円の入館料を払う価値があるかもしれません。
まぁ、入館しなくても広場には行けるので、景色を見るだけなら無料なんですけど。

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鞆の浦の懐かしい町並みをブラブラ

鞆の浦の坂本龍馬に関する展示館や史跡などを見たあとは、懐かしい町並みをブラブラと散歩します。

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太田家住宅
鞆の浦名物の薬用酒である保命酒(ほめいしゅ)、正式名称「十六味地黄保命酒」を江戸時代から醸造、販売していた中村家の遺構である現太田家の本宅です。昔は藩主の御成や賓客の宿所としても用いられ、海の本陣でもありました。
明治維新前夜の文久3年(1863年)、尊王攘夷を主張する三条実美(さんじょうさねとみ)ら7人の公卿が、公武合体派の中川宮らの公家や薩摩藩・会津藩らが連動したクーデター・八月十八日の政変により、朝廷を追われ京都を逃れて長州へ移る(七卿落ち)の際にも立ち寄っており、「鞆七卿落遺跡」として広島県史跡に指定されています。

平野屋
「萬履物卸小売商 平野屋」の看板を掲げる靴屋さんです。江戸時代の町並みが残る鞆の浦ですが、このお店のような明治・大正時代の風情を残すデザインの建築物も残っています。
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鞆交番
なまこ壁の蔵のようなデザインをしたこの建物が鞆交番です。もちろん最近の建物ですが、鞆の浦の懐かしい町並みを残そうという気持ちのあらわれなんでしょうね。

いろは丸展示館、いろは丸事件談判跡、龍馬の隠れ家

鞆の浦の燈籠塔(とうろどう)のそばには、坂本龍馬率いる海援隊の「いろは丸」と紀州藩の「明光丸」が夜の鞆の浦沖で衝突し、いろは丸が大破、沈没したという「いろは丸沈没事件」に関する資料や沈没状況のジオラマなどを展示している、いろは丸展示館があります。

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いろは丸展示館の建物は、江戸時代に建てられた蔵を利用した2階建ての建物で、1階には坂本龍馬の生い立ちから、沈没場所が特定された「いろは丸」からの引き上げ品の展示などが行われています。2階には、いろは丸沈没後、紀州藩と賠償問題を談判する際に坂本龍馬が滞在した廻船問屋の隠れ部屋が再現されています。

いろは丸展示館を見学した後、鞆の浦の港町をぷらっと歩いて、いろは丸事件談判跡に到着です。坂本龍馬が4日間も損害賠償などについて談判したのは、ここにあった船宿を営んでいた魚屋万蔵宅でした。しかし、その古民家が2003年に売りに出されると、鞆の浦の文化・歴史を残そうというNPO法人鞆まちづくり工房が買い取り、資金を集めながら、4年の歳月をかけて一部の文化財を残す形で2007年にリニューアルし、現在は「御船宿いろは」というお店になっています。このNPOの資金集めや店のデザイン、命名に関わったのがスタジオジブリの宮崎監督でした。その関係で、映画「崖の上のポニョ」の中でも「いろは」というお店として少しだけ登場します。

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さらに歩くと、龍馬の隠れ家こと、廻船問屋の升屋清右衛門宅が見つかりました。現在も別宅として人が住んでいるので中の見学はできませんが、いろは丸事件の談判が行われている数日間、ここの2階で身を潜めていたそうです。

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鞆の浦港 常夜灯、常夜燈、燈籠塔

福禅寺の対潮楼を後にして歩くこと数分、潮待ちの港、鞆の浦港に到着です。この港には有名な常夜燈(常夜灯)の「燈籠塔(とうろどう)」があります。

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船舶は潮の流れに乗ると効率的に航海することができます。瀬戸内海は太平洋や日本海のような一定方向の海流が無い代わりに潮の満ち引きによる潮の流れが顕著です。
鞆の浦は瀬戸内海の中央に位置するため、満潮時は西側の豊後水道と東側の紀伊水道の両方から瀬戸内海中央の鞆の浦への満ち潮の流れができ、逆に干潮時は鞆の浦から豊後水道、紀伊水道へと引き潮の流れができます。
そのため、古来は瀬戸内海を通って九州と大阪や京都の間で荷物を運ぶ船は、満ち潮の流れに乗り、鞆の浦港まで進み、そこで潮の流れが変わるのを待ち、干潮の時の引き潮の流れに乗って鞆の浦から目的地へと向かうといった感じで巧みに潮の流れを使っていました。

そのため潮の流れが変わるまでの潮待ちのために停泊した船の船乗りたちにより、鞆の浦は古くから栄えた町であり、また鞆の浦港には船を迎え入れる灯台の役目をした常夜燈が必要なことから通称「燈籠塔(とうろどう)」が1859年に建立されました。

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福禅寺・対潮楼

鞆の浦に来たからには、まずは福禅寺・対潮楼からの眺望を楽しまないわけにはいきません。

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福禅寺は朝鮮通信使のための迎賓館として使用されたのですが、その客殿からの眺めがあまりにすばらしかったので、日本で(朝鮮より東で)一番美しい景勝地という意味の「日東第一形勝」と賞賛されたそうです。
さらに後年、その客殿は「対潮楼」と名づけられ、立派な命名の書が今でも残されています。対潮楼から望む弁天島、仙酔島の風景は、ひとつの切り取られた絵画のようで、本当になんとも心が癒されます。

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手前が弁天島で、奥の大きな島が仙酔島です。仙酔島は、島からみる美しい景色を見ながら酒を飲んでいた仙人が、酔ってうたた寝をしてしまい、その姿を人間に見られてしまった(仙人は人間に見られてはいけないのに)という逸話がある島で、仙人も酔ってしまうほど美しい島ということで仙酔島と呼ばれるようになったそうです。

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石垣の上に鎮座する福禅寺の創建は平安時代だそうですが、本堂や客殿の対潮楼は江戸時代の1690年頃に建立されたそうです。 ちなみに右のネコは福禅寺を縄張りにしている、地元では有名なネコで、一部のガイドブックにも載っているほど有名だそうです(ガイドブックうんぬんは地元の人の冗談かもしれないけど)。

トモテツバスで鞆の浦

いつものように米原駅で新快速へ乗り換え、一気に姫路駅まで大移動。さらに西へ向かい、岡山駅を越えて福山駅に到着。駅前の11番乗り場のトモテツバスに乗り換えます。

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バスに揺られること約30分。やってきたのは瀬戸内海の中央に位置する鞆の浦。
古くは万葉集にも登場するし、織田信長に京都を追放された足利義昭が毛利氏の支援のもと鞆幕府を開いたり、最近では宮崎駿氏が2ヶ月滞在し、映画「崖の上のポニョ」のモデルにもなったという、歴史と風光明媚な土地です。

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さっそく鞆の浦を観光します。

10÷4の乗り換え

画像ムーンライトながら号の終点である大垣駅まで来た乗客のほとんどは、米原方面の東海道線に乗り継ぐのだが、ムーンライトながら号が大垣駅に着き、ドアが開くや否やホーム、階段をダッシュする乗客たち。
それを横目に、そんなに慌てなくても大丈夫なのになぁ、と心でつぶやきながら余裕を持って乗り換えていたが…

しまった、うっかりしていた!

今までなら名古屋で3両切り離して6両編成で大垣駅に着き、乗り継ぐ列車も6両編成だから問題なかったけど、今日は10両編成で大垣駅に着き、しかも乗り継ぐ列車は4両編成だったのを忘れていた。
10÷4=2.5で、乗車率が約2.5倍になるんだった。
しょうがない、米原駅迄の30分強、立って移動しょう。

季節臨時のムーンライトながら号に乗る

週末の3連休を前倒しにして、繁忙期の季節臨時列車になったムーンライトながら号に乗車します。

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今回のムーンライトながら号の車両は、国鉄色10両編成の189系電車、と書いてみたが実は詳しいことは知らない。
ただ鉄道車両に詳しい人に「189系が…」と言うと、「あぁ183系のことね」と言い直されるから、まぁ183系電車をベースに改良された車両なんだと思う。

そして、行き先表示が故障していたのか、東京行きになっていた。大垣行きなのに(笑)

休日前夜ではない平日のムーンライトながら号の車内は、青春18きっぷのシーズンということもあり、学生が7割、アクティブなシルバー世代が2割、その他が1割という感じだった。まぁ想像通り。

また今回の臨時列車化で豊橋駅には停車しなくなったが、貨物列車との関係なのか、実際には乗客が乗り降りできない運転停車が行われていた。他にも共和駅付近でも運転停車が行われていた。
そして名古屋駅に到着後は、快速の名前の通り、小さな駅は通過して、岐阜駅と大垣駅にのみ停車します。臨時列車になったことで豊橋ー大垣間の始発列車としての役割が無くなったからかな。

最後の定期運行ながら、大垣に到着

6時42分、終点の大垣駅に到着。いつもだと名古屋駅で後ろ3両、7~9号車の切り離しを行うのですが、既に日付が変わって新しいダイヤになっているせいか、今日は切り離しを行わず9両編成のまま大垣駅に到着です。

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画像しかも名古屋駅で切り離しを行わなかった分、いつもやり早く、大垣駅に到着しました。

ただ残念なことは、大垣駅に着いた時点でヘッドマークも行き先表示もすべて回送の表示になっていたことです。
あとできることは車庫へ戻っていくムーンライトながら号を見送るだけです。

静岡駅、浜松駅でも撮影大会

最終定期運行のムーンライトながら号が静岡駅に到着。
この静岡駅では約20分程度停車するので、乗客による撮影会が始まってます。

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静岡駅では下りと上りのムーンライトながら号が約10分違いで停車するので、両方の列車を撮影するような人が居るかと思いましたが、深夜2時という時刻のせいか、ほとんどいませんでした。

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そして次の浜松駅でも長時間停車するので、またまた撮影会が始まりました。

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ムーンライトながら号、定期運行終了

今日の夜のニュースでは、寝台特急「富士・はやぶさ」のラストランが話題になっていたが、実はムーンライトながら号やムーンライトえちご号の定期運行も今日が最後なのです。

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廃止ではないので一般向けのニュースにはならなかったものの、繁忙期のみ運転される臨時列車への格下げは、いつでも突然廃止になる可能性があります。
だから東京駅では、定期運行最後のムーンライトながら号の出発前にプチ撮影会状態になっていました。

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そして、もちろん今週も乗りますよ、ムーンライトながら号に。

帰りもムーンライトながら号

画像夜の明石海峡大橋を堪能した後は、朝とは逆に新快速で一気に米原駅まで移動し、名古屋・豊橋方面の列車に乗り換え、大垣駅に到着。
そして東京駅行きのムーンライトながら号に乗り、帰宅します。


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明石市立文化博物館

明石城跡を見た後は明石公園の東側にある明石市立文化博物館に立ち寄ります。8つのコーナーからなる常設展では、200万年前のアカシゾウ(アケボノゾウ)や明石原人などの太古から明治・大正・昭和の近代までの明石の歴史や文化を紹介しています。また、火おこしの体験や十二単・鎧の試着もできる体験学習室もあり、楽しみながら学ぶことができる博物館です。

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さらに特別展示室では「くらしのうつりかわり展 団地の時代 -明舞団地誕生」という企画展が開催されていました。この「くらしのうつりかわり展」はシリーズ企画で、昭和の世相や生活の変化を当時の生活用品や写真から振り返るという企画で、今回は明石市にある明舞団地を題材に、開発計画から実際に団地ができるまでの変化や団地での生活などを紹介しており、なかなか興味深い企画展でした。

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明石市立文化博物館
http://www.akashibunpaku.com/

明石城跡の明石公園

明石焼きで満腹なので、明石駅の北側にある明石公園を散歩します。ここ明石公園は、明治に明石城跡を公園として開園したもので、園内には城跡の石垣、堀、二の丸、巽櫓(たつみやぐら)、坤櫓(ひつじさるやぐら)などが残っています。

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坤櫓は本丸の南西に位置する櫓で、天守(ただし天守閣は造られなかった)のそばに櫓で、公園西側の野球場や陸上トラックなどが一望できます。

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巽櫓は本丸の南東にある櫓ですが、公園の入口正面に見えるので、なかなか存在感のある櫓です。

明石焼ゴ 玉焼き ごろごろ

明石焼きの有名店、きむらや、よし川、とり居と巡ってきて、それぞれ美味しいものの同じ明石焼きというジャンルだけに印象が似たような感じになってきた中、明石焼ゴというお店の「ごろごろ」という明石焼きがちょっと変わっているという情報を入手したので、明石焼き屋巡りのシメとして訪問。さっそく、メニューに書かれている「玉焼き ごろごろ」を注文しました。

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これが明石焼ゴの「玉焼き ごろごろ」です。見ての通り、あんかけのダシ汁に明石焼きが浸かっています。
この店の看板には「冷めても美味しい」と書かれていましたが、あんかけなら冷める心配も無いという感じで、ずっと熱々の状態で美味しかったです。
さらに「ごろごろ」にウドンが加わった、明石焼き入りあんかけうどんの「Goスペシャル」というメニューもあります。

でもメニューの玉焼きって、玉子焼きの間違いじゃないのかなぁ?

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明石焼 ゴ
住所:明石市本町2-1-4熊本ビル1F
TEL:078-913-8205

春旬祭と明石焼き巡り

3月7~8日に開催されている春旬祭でイカナゴ磯辺揚げの試食会があるというので、魚の棚商店街と明石銀座商店街が交わる場所にある会場に行き、さっさく試食。

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イカナゴというと、くぎ煮(イカナゴの佃煮)にするイメージが強かったけど、磯辺揚げという食べ方があったのかと感心。おかげで食べ終わってから写真を取り忘れたことに気がつきました。
そして先程、たこ定食を食べたばかりだというのに、この旬のイカナゴがお腹を刺激したようで、こうなると地元では玉子焼と呼ばれている明石焼きも食べないわけにはいかないとお腹が騒ぎ出しました。
さっそく有名な明石焼きのお店を巡ります。

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旧浜国道の交差点カドにある、行列ができるほどの有名店「本家 きむらや」です。他のお店より数が多く1人前20個で800円。

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魚の棚商店街の中にあり、テレビなどでも紹介される超人気店、よし川。店の前にタコが干されているのが面白い。1人前10個で550円。

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よし川の斜め前、たこの看板が子供に人気の店 とり居。1人前15個で480円。

たこ定食

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ちょうどお昼時なので、その土地ならではの料理を食べます。

明石の海産物と言えば、タコ、鯛、イカナゴが有名です。
その中でも全国的に有名なタコと漁が解禁になったばかりで、今が旬のイカナゴのどちらを味わうか少々悩みましたが、料理のレパートリーが豊富なタコを選択。

さっそくタコ定食を注文していただきます。
タコ飯、タコのやわらか煮、タコとイカの刺身、タコのてんぷら、そして味噌汁がセットになった定食は名前の通りタコ尽くしです。
プリっとした弾力のタコが美味しかったです。

明石海峡大橋

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たこフェリーから眺めた明石海峡大橋です。

遠くに見えた大橋が、どんどん近づいて来て、なかなか迫力がありました。

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たこフェリー

明石港と淡路島の岩屋港を結ぶ、明石淡路フェリー株式会社の「たこフェリー」です。
船体に大きなタコが描かれていて、とってもユーモラスです。

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明石海峡大橋をくぐるような航路で明石と淡路島の間を約20分で結んでいるので、1往復して明石海峡大橋を下から眺めて見たいと思います。